第145回定期 

2022年10月18日(火)19:00

東京文化会館小ホール

「多面体、バッハの魅力を探る

   構築的なカレイドスコープ」

 

J.S.バッハ:

 

トリオ・ソナタ ト長調 BWV1039 

Fl村上成美 甲斐雅之 Vc河野文昭 Cemb大村千秋

 

トリオ・ソナタ 第3番 ニ短調 BWV527

Ob青山聖樹 Va大野かおる Vc河野文昭 Cemb大村千秋

 

無伴奏ヴァイオリンソナタ 第1番 ト短調 BWV1001 

Vn玉井菜採

 

ヴィオラ・ダ・ガンバ ソナタ ニ長調 BWV1028 

Vc河野文昭 Cemb大村千秋

 

チェンバロと2つのフルートのための協奏曲 ヘ長調 BWV1057

Cemb大村千秋 Fl甲斐雅之 村上成美 

全席指定

​一般4000円/学生3500円

 

Fl甲斐雅之(ゲスト)

Fl村上成美 Ob青山聖樹 Cemb大村千秋

Vn玉井菜採 戸原直 Va大野かおる Vc河野文昭 Cb渡邉玲雄

145 アンサンブル of トウキョウ 東京文化会館 バッハ .jpg

アンサンブル of トウキョウの10月定期は、J.S.バッハ・プログラム

「多面体、バッハの魅力を探る  構築的なカレイドスコープ」とのキャッチコピーが付けられた本公演、ひと味もふた味も違うバッハ特集となっている。ゲストとしてNHK交響楽団首席フルート奏者の甲斐雅之を迎えるのも注目されている。

代表を務めるオーボエ青山聖樹とソロヴァイオリン玉井菜採に同公演について語ってもらった。(インタビュー&記事:林昌英)


 

青山「この楽団ではモーツァルト大会とバッハ大会をやっていきたいという思いがあります。今年は春にモーツァルトをやり、10月にバッハです。N響の仲間である甲斐さんともバッハをやりたいねと話していて、ここでやろうと。ただ、これまでもバッハはかなり取り上げてきていて、やっていなさそうな曲を探してみたところ、編曲をキーワードにプログラムを考えてみることを思いつきました」

 

今回のプログラムは5曲で、ソロ曲1つ、アンサンブル曲3つ、協奏曲1つ。リストを見るだけで曲が頭に浮かぶ方はなかなかのバッハ通かもしれない。特に、メイン曲となる協奏曲は興味深い1曲となるはず。そこから全体的なコンセプトができあがったと青山は説明する。

 

青山「有名なブランデンブルク協奏曲4番ト長調は、フルート2本とヴァイオリン独奏のスタンダード作品です。しかし、それをバッハ自身が、一音下げたヘ長調でフルート2本とチェンバロ独奏に編曲しているのはあまり知られていません。団内でもこの曲を知っていたのは私だけでした(笑)。今回はすばらしいチェンバロ奏者の大村千秋さんに参加していただくことになり、せっかくの機会ということでこれをメインに設定しました。当団らしいアイディアかなと思っています。オーケストラは弦1パート1人ずつです。バッハのヴィオラ・ダ・ガンバとオブリガート・チェンバロのためのソナタは3曲あります。その第1番をバッハ自身がフルート2本と通奏低音のために編曲しています。そこで、ひとつはオリジナルのソナタとしてチェロ河野文昭さんの弾く第2番(BWV1028)と、甲斐さんと当団フルート村上成美さんによる第1番の編曲(BWV1039)を披露したいと考えました。甲斐さんは、私の父、金昌国がレッスンしていたことがあり、当団で父の後継ぎとなった村上さんの弟子でもあり、今回は師弟の共演ということになります。これはフルート2本の代表作だと思うので、ぜひともこの二人にやってほしかった曲です。そしてもうひとつ、バッハ自身がさまざまな編曲の仕方を見せてくれているのに倣い、オルガンのトリオ・ソナタニ短調(BWV527)を編曲してオーボエ、ヴィオラ、通奏低音で演奏することにしてみました。この曲はオーボエと通奏低音での演奏機会はありますが、この編成はおそらく前例がなく、大野かおるさんのヴィオラが加わることで興味深い結果になるのではと思います。この編成が最も良い音の混ざりあい方ではないかと思っていて、気合いも入っています。本当にすばらしい作品で、本音を言うと、自分もこの名曲を演奏してみたかったのです!(笑) こうやって考えて決めましたが、おそらく普通のプログラムではなかなか出てこないような選曲になっているのではないかと思います」

 

編曲をきっかけにして、あらゆる面から考え抜かれたプログラムであることがわかるが、5曲の中央に置かれたのは無伴奏ヴァイオリン・ソナタ第1番ト短調BWV1001。オリジナルの名曲中の名曲、しかも完全なソロ作品で、多彩な響きを楽しめるプログラムの中で重厚な存在感がある。これを玉井の演奏で聴けるのは屈指の聴きどころとなろう。

 

玉井「多様な組み合わせの編成が並ぶプログラムのなかで、ひとつ無伴奏曲をということで、ソナタを選びました。パルティータは楽章数が多くて多少分散していくところもあり、4楽章で緩急があってより求心力があるソナタの方がいいかと考えました。ソナタは3曲とも顔つきが違い、第1番はサイズとしてはコンパクトですが、その中にすべてがあります。フーガも短いけど最も凝縮された形。そして広がりのあるプログラムの真ん中で、なにか重しのような感じになればということで選びました。この曲を初心に帰って弾いてみたいというのもあります。普段大学で教えていてレッスンする機会も多い曲で、どんな弾き方、解釈をするかは教科書的に説明できることは多いのですが、それを使ってどう弾くかについてはたくさんの選択肢があり、自分もその都度選んで弾くということになります。無伴奏ソナタとパルティータの6曲は、最初のソナタ第1番は一番低い弦のGの音から始まるg-moll(ト短調)、最後に置かれたパルティータ第3番は一番高い弦で天国の調性ともいわれるE-dur(ホ長調)です。これはバッハがプランしたことだと思いますが、地上の深いところと天国に近い高いところと、空間的な幅広さのようなものを感じます」

 

いまやバッハの演奏法自体、楽器、奏法、ピッチなど実に多様な方法論がある。それらは十分に把握しつつも、バッハの本質はもっと柔軟なところにあると指摘する。

 

玉井「いまはバッハ、バロック音楽はいろんな演奏スタイルがあり、それはもちろん大事ですが、それよりも大事なのは中にあるスピリットです。当時の演奏スタイルといったことはもちろん考慮しますが、私たちの演奏スタイルは柔軟なところに立っています。実はバッハ自身はとても柔軟な発想の持ち主で、多忙も理由ではあるでしょうけど、自分の作品をどんどんリサイクルして、組み合わせを代えていろいろな形で演奏していました。私たちも形は変わってもバッハの大事な本質を捉えながら演奏していける。そういった面も見据えられるプログラムだと思います」

 

青山「スタイルについては、できるだけ教科書的なルールは把握したうえで最大の自由を、というところじゃないかなと思います。極端に言えば、演奏においては確信をもっていればルール違反もあり、というくらいの気持ちでやっています。伝わるのはやはりスピリットだと思います」

 

玉井「何もわからない無秩序なところでは自由というものはないので、把握して押さえるべきポイントは存在する。それさえ押さえておけば、あとは逆にとても自由にできるのです」

 

玉井の師匠だったロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団の名コンサートマスターだったヘルマン・クレバースについて、面白いエピソードを紹介してくれた。

 

玉井「古楽の盛んなオランダの方ですが、ピリオド奏法は大嫌いと公言していていて、コンセルトヘボウにニコラウス・アーノンクールが振りに来てた頃にもよく文句を言ってました(笑)。その後、ウィーン・フィルのライナー・ホーネックさんがアーノンクールに『マタイ受難曲のソロで一番すばらしいと思った人は?』ときいたら、『ヘルマン・クレバース!』と答えたそうなんです(笑)。その話をきいて感動しました。先ほどの話にもつながりますが、アーノンクールは音楽的な懐の深い人なんだなと。それから、クレバース先生のバッハはやはりすばらしいんですね。『おれはピリオドみたいなスタイルで弾きたくない、ヴィブラートはたっぷりかけろ』というほどのピリオド奏法のアンチではありましたが、彼が弾くと確かなものがあり、アーノンクールが何十年ものキャリアで一番すばらしかったという。とても示唆的でもあります」

 

最後に玉井は「私のバッハの先生は金昌国さんだと思っています」と語り始めた。

 

玉井「実はヴァイオリンの先生からは、あまり“バッハ”について教わっていませんでした。もちろん、バッハの技術的なこと、枝葉の部分はこう弾くといったレッスンはたくさんあるんですけど、考え方の元になることを最もたくさん教わったのは金先生のような気がします。ある種の秩序というか大事なところの骨格、ここはこう考えてみてはとか、一番教えてくださったなあと。こういうタイミングでバッハを弾けるので、天国で聴いていただけたらなと思います」

 

このインタビューが行われたのは、アンサンブル of トウキョウ創立者で青山の父、金昌国が亡くなられてから少し後というタイミング。大変な時期だったはずだが、感傷的になることは一切なくプロフェッショナルな話に終始していたことと、この玉井の言葉のときだけは「その言葉も聴いてくれていると思いますよ」と笑顔を見せたことは付言しておきたい。もちろん、創立者のためにみたいなムードになることはよしとしないに違いない。この公演も、淡々と丁寧に、誠実にバッハに向き合うことで、多くの人にその本質、スピリットが伝わる、“いつも通り”の演奏会になるはずだ。音楽の喜びにあふれるバッハを体験できる一夜、楽しみにしたい。